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大塚の歴史について(1)地元の氏神様

平成22年12月01日

私が生まれ育った大塚の町。
東京大空襲の時に焼け野原となってしまったために文化財は殆ど残っていないですが、町は古い歴史を持っています。
その大塚の歴史を紐解いていきたいと思います。
今回は地元の氏神様をご紹介いたします。

地元の氏神様 天祖神社

写真 木が生い茂っている所 写真 サンモール大塚 写真 天祖神社の正面 JR大塚駅南口を背にして早稲田方面の都電の線路沿いに見えるのが、地元の氏神様である天祖神社です。

地元の商店街「サンモール大塚」の中を通って神社へ向かいます。
その昔は駅から真っ直ぐに参道が通っていて、神社への入口も正面を向いていたと聞いたことがありますが、今では名残はありません。

天祖神社の由緒

写真 天祖神社は、鎌倉時代末の元亨年間(1321~4)に、巣鴨村(巣鴨村は現在の巣鴨・西巣鴨・北大塚・南大塚・東池袋・上池袋一丁目の広大な範囲でした)の鎮守として、領主の豊島氏が創建しました。
ご祭神は、天照大神です。
古くは神明社・神明宮と呼ばれていて、江戸時代には十羅刹女堂も祀られていましたが、明治6年(1873年)に天祖神社と改称した際に分離、今に至ります。

そびえ立つ大きなイチョウの木

写真 右が雌、左が雄です。 天祖神社は何と言ってもご神木である「夫婦公孫樹(めおといちょう)」が見応えあります。
推定樹齢は約600年、昭和20年(1945年)4月13日の城北大空襲により被災し、一時期は枯れることも懸念されたようですが、今では見事に復活して大きな枝葉を広げています。

写真 さざれ石 もう一つ、イチョウの木の左側に密かに置いてある天然記念物があります。
国家「君が代」で歌われる「さざれ石」です。
産地は岐阜県揖斐郡春日村で、昭和55年(1980年)にサンシャインシティから分割奉納されたものとのこと。

天祖神社のお祭り

毎年9月半ばにある天祖神社の例大祭は、大塚、巣鴨が一体となって盛り上がる地元最大のお祭りです。
以前は天祖神社へお神輿が各町会から集まっていたのですが、最近は全ての町会が行くということはしていません。
境内が狭くて危険だからだと思われます。

地元に根付く氏神様

地元の人しかお参りに来ていないと思われるのに、2年参りでは1~2時間は覚悟の人気スポット。
天祖神社は地元へ根付いて愛されている氏神様です。

お祭り好きの大塚の人たちの中心にいる氏神様、お立ち寄りの際には是非お参りして下さい。

天祖神社の周辺地図
今後も不定期に大塚周辺の歴史やスポットをご紹介いたします。