トップページプロフィール > 大学時代

大学時代

平成9年(1997年)法政大学法学部政治学科へ入学

大学時代は五十嵐敬喜教授の都市政策ゼミに所属しました。
恩師の五十嵐敬喜教授との出会いは、私が政治を志す原点となりました。
日本が財政危機に瀕しているにも関わらず、明らかに無駄な公共事業が各地で行われていること、役人の天下り先となっている第3セクターが赤字を垂れ流しにしていることなどの実態を学び、何のためにこんなことが行われているのか!と強く思いました。
政治を変えなければ日本がおかしくなるという思いが、この時胸に刻まれました。

何のために政治を行うのか。
当然、地域のため、日本のために行います。
特定の利益団体や一部の人のために行われるものではありません。
また、日本の国益を度外視して外国に良い顔をするための政治判断をするのは間違っております。
今後もこういった根本的な目的は忘れずに、政治に関わっていきたいと思います。

飼い犬の思い出

写真 愛犬ミチ 私は以前、犬を飼っていました。
飼い始めたのは小学校6年生の時です。
捨てられていた犬を近所の人が拾ってきたのを、一晩だけのつもりで預かったら情が移ってしまい、結局その犬はそのまま我が家の一員となりました。
名前は「ミチ」、私の親が女の子が生まれた場合につけようと考えていた「みちこ」から取りました。
ミチは甲斐犬の血が入っている雑種、人懐こい大人しい犬でした。
夜の散歩は私の役目と決まり、大学生になるまではほぼ欠かしませんでした。
大学生以降は夜にも予定が入ることが増えて毎日という訳にはいきませんでしたが…。

ミチは雷や花火が大嫌いで、雷が鳴るといつもブルブルと震えていました。
ある時は打ち上げ花火の音で手綱を振りほどいて逃げ出してしまったこともありました。
それ以来、夏場になると公園には後ずさりして近づかなくなるほど…。
カメラのフラッシュも雷みたいで嫌いだったようで、カメラを向けるだけで逃げてしまいました。そんな理由もあり、ミチの写真は殆ど残っていないのです。

どの犬もそうかもしれませんが、ミチは散歩が大好きでした。
散歩に行くとなると吠えたりバタついたり大騒ぎ。
家の中で手綱を用意する音だけで、もう散歩に行くことを察して騒ぐのだから、大したものだと思ったものです。

ミチの散歩には沢山の思い出があります。
よく散歩に行った公園は、大塚公園や教育の森公園です。
いつも同じような時間に散歩をすると、散歩仲間の犬や飼い主の方々に毎日のようにお会いします(時間帯がずれると違うグループになっちゃうので、大体いつも同じ時間に行っていました)。
そこで知り合った方と犬同士を遊ばせながら雑談をするのは、今思えばとてもよい経験でした。下は小学生から上は80代の方まで実に幅広い年代の方と色々なお話しをしました。
特に印象に残っている方は、当時80代の男性です。戦争を経験している世代ですが、何とシベリア抑留をされてから帰国なさった方でした。その事を知ったのはお会いしてから何年も経った後でしたが、当時の大変だったエピソードを語ってくれたのを思い出します。
犬がいなくなった後も年賀状のやり取りを毎年する関係でしたが、ある年からご返信を頂けなくなってしまいました。後日、ご近所の方にお亡くなりになったと伺い、とてもさみしく思いました。もっとお話しを伺っておけばよかったなと、今でも思います。

中学・高校の時は、たまに友人と夜に語り合いながら散歩をするのも楽しみの一つでした。
友人と語り合うのを横で聞いていた訳ですから、ミチは私の秘密もいっぱい知っていたのだろうなと思います。

ミチは大きな病気や怪我をすることなく、丈夫に育ってくれました。
そんな丈夫なミチでしたが、最晩年は内臓を患い、下痢が続いて足腰が弱ってしまいました。
そして、遂に別れの時が来ました。
平成19年(2007年)、ミチは17歳で息を引き取りました。
人懐こく、臆病で、そして優しい犬でした。
小学校6年生の時から一緒に過ごしていた家族だったので、別れは本当に辛かったです。

ミチと一緒に過ごしていたおかげで、色々な出会いがありました。
また、ミチとの沢山の思い出は、私の宝物になっています。

サラリーマン時代