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誕生から幼稚園時代

誕生

写真 もじゃもじゃ時代 昭和53年(1978年)10月19日、博久、あき子の長男として、母の里帰り先である新潟県新発田市内の病院で、30時間以上(!)の難産の末、私は生を受けました。
両親の当時の住まいは、南大塚の父の実家近くでした。
数か月間の里帰りをしていた母と私に会うために、まだ関越自動車道が開通しておらず優に片道8時間は掛かる道のりを物ともせず、毎週のように父は駆け付けてくれたそうです。
父母の愛情、今更ながら嬉しく思います。

母が里帰りから南大塚へ帰ってきた後、足立区西新井に居を移して2年強住み、昭和58年(1983年)に再び南大塚へ戻ってきました。
これ以降は実家を建て替えた時期など一時期を除いて、私が結婚するまでずっと豊島区での生活を送りました。

私は巣鴨協会の裏にあった私立巣鴨幼稚園(現在は休園)に2年間通いました。

祖父の話

写真 祖父と 私が5歳の時に、大好きだった父方の祖父が亡くなりました。
普段の祖父は厳格な人だったらしいですが、孫の私には優しかったです。
この頃の私が好きだったのは「銀座コージーコーナー」と「タクシーに乗ること」でした。

その2つを満たすため、祖父は時々タクシーで町内を少し回った後、銀座コージーコーナーの大塚店(実家から徒歩5分程度)に連れて行ってくれました。
徒歩5分のところへタクシーとは、振り返って考えると何というジジバカ振り…(汗)
多くの記憶が残っている訳ではありませんが、祖父の入院していた病院へお見舞いにいったこと、"死ぬ"ってよく分からなかったけどお葬式の時に「もう大好きなおじいちゃんに会えない」って分かった時に泣きじゃくったこと、などは今でも覚えております。

小学校時代